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2012.10.09

他では続けられなかったかもしれない研究

岡 檀(おか まゆみ)さん岡 檀さん
和歌山県立医科大学保健看護学部 講師
2009年健康マネジメント研究科修士課程修了、2012年同博士課程修了

私が、「自殺希少地域(自殺発生の極めて少ない地域)」を調査研究の対象として選んだ時、この考えを荒唐無稽と思っている人は少なからずいた。
というのも、自殺問題に関するこれまでの地域研究では、自殺率の高い地域、いわゆる自殺多発地域を対象としているものが主流であって、自殺の少ない地域にはほとんど手がつけられていなかったからである。
「発生したことの原因を突き止めることはできても、"発生しなかった"ことの原因はわからないよ。」多くの人達が、私の調査が徒労に終わることを心配してくれていた。
それでも、先行研究が無きにひとしく、なんら成果が得られない可能性の高い自殺希少地域の研究に私が着手できたのは、健康マネジメント研究科にいたことが大きい。

この研究科では、手堅い実証研究について丁寧に指導する一方で、既成概念にとらわれない自由な発想による研究領域の開拓を奨励している。伝統的手法を重んじる他校の研究科では、私の構想は再考を促されていたかもしれないが、この研究科ではそのようなことは起こらなかった。指導教授たちもまた―内心では心配しておられたのかもしれないが―、面白がっている様子だったので、私は悲観的にならずのびのびしていられた。
徳島県のフィールドでのインタビューや参与観察、郷土史研究を行いながら、立川の統計数理研究所に通って大規模なパネルデータ解析に取り組んだ。質的研究、量的研究のいずれかに偏ることなく交互に重ねる手法が斬新だと、学会で言われたことがある。

そうして、博士論文「日本の自殺希少地域における自殺予防因子の研究」を書き上げたとき、地道な努力が実を結んだ成果などと評してくれる人もいたが、自分のことを言われている実感がなくむず痒い思いをした。なんとなくであるが、SFCをよく知らない人が選ぶセリフであったような気がする。自分の仮説を検証するために何をすればよいかを考えているうちに、次から次へとやるべきことが出てきて対応に追われ、忙しくも心浮き立つ5年間だったという記憶があるだけなのである。
修了後に赴任した新たな職場では、これまでに培った地域診断の手法を使って、コミュニティの特性をふまえた疾病予防に取り組んでいる。

(掲載日:2012/10/09)