環境情報学部特別招聘教授 馬場 淳
ビジュアルアーティスト
担当科目:SFCスピリッツの創造(秋学期)
パラダイムシフトとは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが劇的に変化することをいう。現在この地球上で起こっている様々な出来事を見ると、私たちは激流の真っ只中にいる。実体の掴みづらい疫病、複雑に反応する社会、過剰に溢れた情報、信じられるのは自分の感覚になる。
19世紀後半、時代の退廃が進行していく中「積極的ニヒリズム」という思想を挙げた哲学者がドイツに現れた。彼の名前はフリードリッヒ・ニーチェ。「生の哲学者」とも称される彼は、近代以降の思想に多大なる影響を及ぼした。過激なフレーズが目を引くため、物議を醸す部分も多くあるが、今だに世界中の人に議論を与え続けてる。
100年以上の時を経てなお色褪せない不朽の名著、「ツァラトゥストラはかく語りき」は、彼の思想を統合する集大成だ。執筆するきっかけとなったのは、ニーチェが散歩中に突然受けた啓示と言われている。ここまで尖った哲学思想を、散文的な文体で論じ寓話に落とし込んだ彼の独特なセンスは、文学的に見てもかなり芸術性が高い。
ニーチェの中核を成す思想をざっくり言うと、「古い道徳から自己を解放すること」となる。誰しもが疑わない、真理・善・正義などの既成概念を否定し、虚無を積極的に受容しつつ、自らの意思でもって行動する「超人(Übermensch)」になるべきだと説いている。世の中にはびこるあたり前に、真正面からぶつかっていく彼の思想は、ダイナミックで痛快だ。彼のコトバは激動の時代に生きるヒントになることが多いので、もし読んでいなければお勧めする。
4年ほど前に、ニーチェの哲学思想にオマージュをささげながら映像作品を作った。ありがたいことに当時制作した映像作品は、いまだに世界中の展示会や映画祭に招待され、キューレーションテーマの一端を担っている。「eternal return / op2. übermenchen」と題したこの作品は、生体的象徴(サル)・技術的象徴(AI)・哲学的象徴(ヒト)の要素を融合し、ニーチェの「超人」の一節を、AIサルに語らせる皮肉的手法を用いて、この時代における私たちの在り方を問いかけてみた。
eternal return / op.2 übermenschen
(single-ch. video + stereo audio / 2:47min / 2017)
Concept/Art/Film: Acci Baba
Acoustic Drum: Mohammad Reza Mortazavi
Sound Design & Music: sub-tle.
Further Details & Concept: https://accibaba.com/work/eternalreturn/
© 2020 Studio BABA
ニーチェが肯定していた積極的ニヒリズムとは、自ら積極的に「仮象」を生み出し、「前向きに捉え」、「一瞬一瞬を一所懸命生きる」という態度の事を指す。時代が混乱を極める中、ニーチェはこう私に問いかける。「振り返らず、つくり続けろ」。この姿勢は芸術家として生きる身としては襟を正す思いを抱くとともに、パラダイムシフト渦中で炸裂していただきたい「SFCスピリッツ」そのものだ。