総合政策学部 特別招聘教授 原田 亮介
日本経済新聞社論説主幹
担当科目:政策形成とメディア(秋学期)
10月からSFCで「政策形成とメディア」という授業を持たせていだだくご縁で、自己紹介がてらの小稿を綴ることになりました。
授業はフルリモートで、SFCの校舎を訪れぬまま、学生さんたちの生身の声も聞かぬままなので、ちょっと「取材」をしました。以下は新聞社で一緒に仕事をしたことがある後輩とのやりとりです。
後輩(SFC6期生)「僕たちは『未来からの留学生』といわれ、インターネットの勃興期にすでにITを自在に使っていました」
筆者「それは最近のCMでのび太君が未来から現代に来るような話? ドラマにもなった、現代の医師がタイムワープして江戸末期に医者として活躍する『JIN』の大沢たかおのようなもの?」
後輩「てか、未来のために何ができるかっていうこと。いまふうに言うとソーシャル・グッドとかソーシャル・インパクトですよ」
はたと思いました。新聞社の論説委員会メンバーがZOOM越しに語りかけて、学生さんたちの共感を呼び起こす授業をできるだろうか、と。SFCでは古色蒼然たる大学人を「過去からの難民」と呼ぶこともあったようですね。新聞社の論説委員会もそうではないかと気になります。
先の自民党総裁選の候補者による公開討論会で、記者が「女性活躍をどう実現しますか」と聞くと、石破茂元幹事長が最前列の記者らに「そこに女性記者がいないことを皆さんはどう考えていますか」と切り返しました。
もちろん既成メディアに古めかしい面がないとはいいません。しかし新聞社も大きく変わってきました。日経が電子版を出してから10年が過ぎました。紙面に載る記事が前日に電子版に掲載されることは珍しいことではありません。社説も原則的には前日夜にはスマホで読めるようになりました。
一方で変えてはならないこともあります。デジタル化がどんなに進もうと、記事の基本は変わりません。一次情報の裏付けをとり、記事をまとめ、読者に届けるというプロセスは意外に地道なものです。断片的な情報の切り売りでは読者は対価を払ってくれません。
スマホでただのニュースを日常的にみている学生さんたちが社説を熱心に読んでいるとはなかなか思えません。だからこそ、年配者にはそれなりの語るべき言葉があるだろうと思います。授業では政治や経済、米国や中国というそれぞれの記者の持ち場のテーマについて社説がどう論じ、メディアの主張と政策はどう関わっているかを解き明かすつもりです。
時代が「ソーシャル・インパクト」とは真逆に進んでいることも見逃せません。なんでも「フェイクニュースだ」と切り捨てるトランプ米大統領や、香港への国家安全維持法の適用を強行した中国の習近平指導部らの登場によって、メディアと政治・政策プロセスの関わりはかつてなく注目されています。国内でも原発や沖縄の基地移転など国論を二分する問題が数多くあります。
ともすれば先鋭的な対立と分断に陥る世論に対し、社説はどうすれば合意形成ができるかを論じる場であります。メディア批判の常套句に「上から目線」という言葉がありますが、そうならないように30人ほどのメンバーで日々議論をしています(いまはリモート会議も普通ですが・・)。
SFCは進取の精神を持つ人材を育てる大学です。「ソーシャル・インパクト」にしろ「ソーシャル・グッド」にしろ、社会というからにはそこに世間や世論があります。未来に貢献したい、というみなさんの熱意に少しでも応えられれば本望です。