総合政策学部 特別招聘講師 西尾 明
棋士
担当科目:将棋(秋学期)
将棋は確認されている限りでも1000年近く歴史のあるゲームです。さらに遡れば古代インドのチャトランガに行きつき、そこから様々な変遷を経て世界各地に広まり、現地で同系統のゲームが生まれました。日本の将棋はその中の1つという位置づけになります。
将棋はこの約1000年という長い年月の中で幾度となく改変やルール変更が行われてきましたが、江戸時代にはいまの形に落ち着き、庶民の間で親しまれるゲームになりました。
私たち将棋のプロという存在は、江戸時代の幕府に支えられた家元制度から始まり、明治維新を経て、いまの実力制になるまで引き継がれています。それは盤上における技術革新の歴史ともいえます。
過去の膨大な対局の蓄積の中からエッセンスを抽出し、体系化された「定跡」として積み上げられ、将来に繋がっていきます。先人たちの礎なしには語れません。
最近では将棋AIの存在にも注目が集まり、以降プロの価値観や戦い方も大きく様変わりしました。それまで人間が盤上に与えていた概念は拡散的な方向に進み、絶対的な価値観で捉えるのではなく、自分の駒20枚と相手の駒20枚の相対的な位置関係によって臨機応変に対応することが求められています。AIは人間の将棋の時代性などは考慮しません。それまで人気だった戦法が廃れていき、逆に江戸時代に指されていた戦法の評価が高く、見直されるといったこともあります。それまで人間が考えていた以上に将棋というゲームが複雑で、また奥深いものであったことを明らかにしたことは、AI登場による大きな成果の1つだったといえます。
また、AI使用によって盤上の研究精度が高まったため、対局に向けての事前準備、対局後の解析・改善といった、PDCAサイクルのような作業が明確化されるようになり、棋士はそれに伴い対局中の持時間の使い方や栄養補給など、勝利に関連するパラメータをより戦略的に考えるようになりました。ある意味、棋士がアスリート化しているともいえます。将棋と同様にチャトランガ由来のゲームであるチェスはマインドスポーツという概念で語られることも多く、昨今頭脳スポーツの側面は高まっています。
一方で、将棋は江戸時代から庶民を中心に広まった人気のゲームであり、ルールさえ覚えてしまえば誰でも楽しめます。取った相手の駒を自分の駒として再利用できる日本の将棋固有のルールは、チャトランガ系のゲームの中でも異彩を放っており、攻守にダイナミックな動きがあって、逆転も多いのが特徴です。1つ1つの駒の動きだけを追うのではなく、複数の駒が連動した戦法、戦術として広い視野で局面を捉えられるようになると面白さは倍増していきます。
国際色豊かなSFCでは、チェスやシャンチー(中国象棋)は指したことがあるけれど、将棋は初めて指すという学生さんたちもいますが、個性的な日本の将棋をゲーム性の違いから各々楽しんでくれています。国際交流のためのツールとしてぜひ将棋を使って欲しいと思っています。また、受講者の中でも、将棋に興味を持った理由として、漫画やアニメから入る人、人間とAIの昨今の関係性から入る人、特定の棋士に興味を持った人など様々で、幅広い入口があります。
将棋という日本の伝統的なゲームに触れることで、その楽しさに気付き、その後の活動に何か生かしてもらえたら講師として非常に嬉しいです。