2022.3.23/メンタルヘルスの研究と実践-3つのHP‐健康増進・生産性の向上・幸福
島津明人 研究会
SFCにおける活動の中心は「研究会」。教員と学生が共に考えながら先端的な研究活動を行っており、学生は実社会の問題に取り組むことによって高度な専門性を身につけます。
島津明人 研究会の特色
研究会のテーマとして、「こころ」を扱っています。「こころ」は目で見ることができず、つかみどころのないもの、と思われがちなので、「こころ」に近づいていくためにどのように可視化を図っていくか、を大事にしながら、「こころ」の実態に迫っています。 また、こころの中でも特に"心の健康"について扱っています。一般的なメンタルヘルスの研究では、うつ、不安、落胆、苛立ち、ストレスといったこころの不調に着目することが多いですが、メンタルヘルス、"こころの健康"というのは本来ニュートラルな言葉で、活発さや喜びといったポジティブな意味合いも含んでいます。
こういったこころのポジティブな側面についての研究は、世界的に見てもまだ発展していません。こころの不調をどのように支えていくかというだけでなく、こころの活力をどう蓄積していくか、この2つを両輪としながら研究を進めています。 研究会のホームページにて、「健康増進」「生産性の向上」「幸福」の3つをキーワードとして掲げており、これに迫ることを研究会の大きな目的としています。ここに至るまでの考え方、切り口、理論、研究方法は様々ですが、共通してこの3つのキーワードを含んでいます。 現に学生それぞれが多様な研究テーマを持っており、個人の希望するテーマで研究を進めていくスタイルをとっています。例えば、ある学生はスマホ依存を卒業論文の研究テーマとして扱っており、コーチング形式でスマホ依存を抜け出すためのプログラムを作っています。さらにそれを実際に適用し、スマホ依存からどれくらい抜け出したか、こころの健康にどれくらい影響を与えているかを検証しています。 現状としては、卒業論文に関しては、新型コロナウイルスの影響により、どうしても調査や実験が制限されることから、文献レビューの方が多いです。文献レビューとは、学問分野の中で何がどこまでわかっているかを整理することで、例えば、ある学生は「ノスタルジー」について、またスポーツに関心のある学生だと「イップス」(自分の思いどおりのプレーができなくなる運動障害)のメカニズムや対応方法を調査しています。
ユニークな研究や学生の例
アプリ「WEDiary」を開発し、毎日の「できたこと」「達成できたこと」を記録することで、ワーク・エンゲイジメント(仕事に対するポジティブな心理状態)の向上にどのような効果があるかを科学的に検証しました。その成果を、国際雑誌に投稿しています。このような研究はとても印象深かったです。ユニークなところでは、企業にネイリストを派遣して、社員にネイルケアを受けてもらい、その効果を検証する研究を行っており、そのコーディネータを学生に担当してもらっています。ネイルケアを受けることの効果だけでなく、ネイリストとコミュニケーションを取ることで起こる心理的な効果も期待され、将来的には、相手のニーズを引き出すネイリストの養成にも発展しそうです。
研究分野におけるホットなニュース・話題との関連性
大きく2つあります。1つは、新型コロナウイルス感染症と働き方に関する問題です。私の研究の対象者は社会人が多く、パンデミックを機に在宅勤務やリモートワークが増えたことで、満員電車に乗って都心にある職場へ行き、顔を合わせて仕事をするという前提が大きく変わりました。これが働く人々のメンタルヘルス、ワーク・エンゲイジメントにどう影響するかを調べるため、研究室の大きなプロジェクトとして、2020年から3ヶ月に一回インターネットモニターを対象とした追跡調査を行っています。
2つ目は、ソーシャルメディアを活用した自殺予防対策です。ソーシャルメディアは生活を便利にしたり楽しみを与えるものである一方で、人々を苦しめる側面もあります。ソーシャルメディアをどのように利用するとメンタルヘルスを崩すことになるか、どのようなことが自殺予防対策に繋がるのか、「いのち支える自殺対策推進センター」の委託研究として検証を進めています。 これは昨年度始まった研究で、ソーシャルメディアの使用時間が2.5時間までであればメンタルヘルスは良好な状態であるものの、それ以上長く使用するとメンタルヘルスが悪化することが分かりました。今年は環境情報学部の中澤仁先生と大越匡先生にもご協力を頂きながら情報技術を活用し、誰がどれくらいの時間、どのようなアプリを使用したかという記録をとって、その情報とその日のメンタルヘルスとの関連性を調べています。また、ソーシャルメディアのメンタルヘルスへの影響を調査するだけでなく、個人に適したソーシャルメディアの使い方に関する提言まで繋げたいと考えています。
さらに、民間企業と労働生産性の向上についての研究も行っています。新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前は、社員が活き活きと働くための教育研修のコンテンツを開発し、それを集団で受講してもらうことで効果測定を行っていました。しかし、コロナ禍で集団での研修ができなくなったため、現在はそのコンテンツをデジタル化して、効果検証をしています。
進路
昨年は2名が大学院へ進学し、その他の学生は民間企業へ就職しました。学生のキャリアの傾向として、メンタルヘルスの分野に特化するというよりも、SFCで学んだことを土台にして一般企業の総合職に就くケースが多いようです。
島津明人 研究会の魅力 ― 学生の目線から ―
島津研究会に所属されている環境情報学部4年の鐘ヶ江周さんに研究会の魅力について伺いました。
雰囲気や特徴
メンタルヘルスに興味を持った学生が集まっています。スマホ依存をコーチングを用いて支援する研究や、有観客と無観客の試合におけるスポーツ選手のコンディションの違いに関する研究など、誰もが疑問に思う身近なこころの問題をテーマにできるため、魅力を最大限に感じながら研究に着手できます。
テーマは、文系や理系に縛られることなく自由に設定できます。個人研究が中心ですが、「チェックイン」と呼ばれる授業の始めに行うトピック紹介や、輪読の時間、研究発表などによって学生同士で交流する時間は多いです。ビデオストリーミングサービスの動画で話題だった「バチェラー」をトピックに心理学的観点から話し合ったときは、とても盛り上がりましたね。
島津先生は困ったときにいつでも頼れる存在で、私たちが研究を自走できるよう支えてくださっています。他にも、メンターといった指導教員の方が複数人いらっしゃって、より専門的知識を踏まえたアドバイスをいただくことができます。
得られるスキル
まず調査したデータを分析する際に統計的な知識を得られました。私は統計が得意ではなく統計ソフトを用いるのが大変でしたが、将来も役に立つスキルを身につけられたと思います。
またディベートスキルも得られました。毎回メンバーが持ち回りで司会を務め、様々なテーマの本を輪読し少人数で討論することで、ファシリテートのスキルが鍛えられました
研究会に入って良かったと感じた瞬間は、ひとり一人に対する先生のケアの手厚さを感じたときです。島津研研究会は、学生11人に対し指導してくださる先生が4人(2021年1月時点)と学生の人数が非常に少ないため、学生と先生とのコミュニケーションが濃密です。
私は体育会陸上部で活動しながら、スタートアップ企業で働いていましたが、このように幅広く活動しながら、自分のペースで研究を進められました。それも先生のご指導によって自分なりに研究を進められる力が身についたからだと感じています。
メッセージ
「働く×ウェルビーイング:「牢働」から「朗働」へ 」
私たちは、人生で多くの時間を「働く」ことに費やしています。労働は、つらくて苦しい「牢働」もあれば、充実感をもって活き活きと働く「朗働」もあります。 では、どのようにしたら「牢働」を改善し、「朗働」を実現できるのでしょうか?
この問いに答えるために、研究会では、心理学を基盤としながらも、様々な学問領域を組み合わせながら、活動を進めています。 労働、牢働、朗働について科学的に検証したい、朗働を実現するための技術/方策を開発したい方、研究と実践をつなぐことに関心を持つ方、を広く募集しています。
島津明人 総合政策学部教授 教員プロフィール
「方向転換は幾らでも利く」
私は大学入学当初は都市計画に興味があり、建築系の授業を取っていました。しかし、途中で自分のやりたい方向は本当にこっちだろうかと思う事が増え、ちょっとしたことがきっかけでスマホ依存の研究をすることになり、島津研究会に入りました。今ではこの研究ができて本当に良かったと思っています。
心理系の研究会ということもあり、研究テーマは多岐に渡ります。メンバーも非常に多様で、議論はいつも盛り上がります。私は理系出身にも関わらず、実は文系寄りなんだということにも気が付きましたし、理系を専攻していたことが役に立つ瞬間を多く経験することができました。このように勉強してみてから気づくこと、多様な人材と出会えることはSFCを選択する大きなメリットだと思います。大学で何をすれば良いか分からないなと思う人こそSFCに来るべきだと思います!(鐘ヶ江周さん)
取材・制作協力:桑原武夫研究会MC班