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2022.03.17

SFCで学んだ考え方は、そのまま今の仕事で求められていること|柳谷 牧子さん(2004年総合卒業、2006年 政メ修士修了)

柳谷 牧子 さん
国連大学サステイナビリティ高等研究所 プログラムコーディネータ
SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局次長
2004年 総合政策学部 卒業
2006年 政策・メディア研究科修士課程 修了

人と自然の関係性の再構築へ
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学生時代から、人を排除して自然を守るのではなく、人と自然の関係性に関心がありました。現在は、国連大学で「生物多様性と社会」プログラムのコーディネータをしながら、「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」の事務局次長を務めています。IPSIは、「人と自然の関係性の再構築」というテーマのもと、生物多様性など地球規模の課題に総合的にアプローチし、自然と共生する持続可能な社会づくりを目指しています。国際的な枠組みから、国、自治体レベルの政策、コミュニティのガバナンスまで、さまざまなスケールでの取り組みに横断的に対応できることが魅力です。
生物多様性という課題には、文化的・歴史的背景によるイデオロギーの違いが付いて回ります。欧米では、人の生活空間と自然の空間、そのゾーニング設定が自然保護策の主流です。一方、日本をはじめアジア・中南米諸国などでは、人と自然との間に明確な境界線がなく、人も自然の一部だという感覚を持っています。しかし、人と自然の営みにより形成される景観が、豊かな生物多様性と人々の暮らしを育む、というモデルは、国際社会の中で十分に理解されているとは言えません。そこで私たちは、里山のような二次的自然の価値に関する国際的な認知の向上と、これを支える政策や取り組みの支援に関する活動を展開しています。

素晴らしい関係性を、持続可能な関係性に

alaska.jpg国連大学では、研究活動と、さまざまな現場での取り組み支援、その両方をコーディネートしながら、国際パートナーシップの事務局を運営しています。研究に関連する取り組みとしては、例えば、ハーモニアスな環境システムが構築されている事例研究をテーマ別に整理して出版物を作る。科学者が発信する生物多様性の国際的なアセスメントレポートに、研究成果をインプットしていくというようなことをしています。
現場での取り組み支援に関しては、例えば、人と自然の良好な関係性を支える取り組みを推進する政策構築支援といったプロジェクトを進めています。具体的には、生物多様性条約の加盟国に義務づけられている、国家戦略の作成について、その支援ツールを作っています。素晴らしいけれど脆弱性の高い現場での営みについて、政策側の働きかけを改善していくことにより、そのレジリエンスを高めていくことを目指しています。他にもさまざまなプロジェクトが動いていますが、私はそれらの全体をマネジメントする役割を担っています。

ラムサール条約での大きな達成感

国連大学の前は、環境省で自然環境技官として働いていました。1年目は本省でワシントン条約の希少動植物の取引規制、2年目は地方環境事務所で国立公園の保全管理を担当し、3年目に国立公園のレンジャー(自然保護官)として北海道に移住しました。入省3年目にして、支笏湖のほとり、人口200人に満たない集落に単独駐在し、5万ヘクタールを超えるスケールを管轄するのです。一人の裁量権の大きいところが、やりがいでもありました。
ラムサール条約を担当したときのことも強く印象に残っています。水田の農薬に関する条約の決議が海外の研究者から提案されたのですが、生物多様性の視点を入れようとすれば消されてしまうなど、何かと違和感がありました。提案文を少しずつ紐解いていくと、害虫が食べれば死ぬように作られた稲を普及させたいという思惑があることがわかり、それに前面に立って疑義を唱えたのです。交渉が巧みな人たちに囲まれて不利な状況が続きましたが、足かけ2年に及ぶ争いの結果、決議は私たちの考えが反映される形に修正され、採択に落ち着きました。国際社会において、何か一つ自分が貢献できたと思えたことを覚えています。

グローバルな仕事で、語学力より大事なこと

cop14.jpg国際案件では、課題のスケールが大きくなります。欧米の人はコミュニケーションやアプローチの仕方が日本人と異なりますし、言語の壁もあります。最初の頃は相手が何を言っているのかよくわからないことも多かったですが、使命感で必死に取り組んできたという感じでした。それでも、グローバルな仕事を通じて、視野が広がっていくのは楽しかったです。
英語には今も苦労しています。しかし、地球規模課題に関するミッションへの対応は、語学力のみでは達成できなかったと思います。大事なのは、課題と対応策への思いや考えを共有することです。言葉が多少不自由であっても、考えを共有できれば、一生懸命支えてくれる人が現れます。私が国際交渉や国際プロジェクト形成といった任務を何とか果たすことができているのは、思いを共有する世界中の人たちとの素晴らしい関係があってのことだと思っています。

生態系を回復させて、人類の未来に希望を

課題解決型。領域横断的なアプローチ。SFCで学んだ考え方は、そのまま今の仕事で求められていることです。SFC時代に所属した石川幹子先生(元環境情報学部教授)の研究会では、まず現状の把握、次は課題の整理、最後はプロポーザル(企画・提案)というサイクルを繰り返しました。そのような訓練を受けてきたので、"環境"という課題ばかりの領域に進んだSFCの卒業生としては、常にやることがいっぱいです(笑)。SFCで受け継がれている、「未来からの留学生」という言葉にも励まされました。ヒエラルキーというものを取り払ってくれて、自由な発想を持つことを後押ししてくれる言葉だと思います。
 生態系を守る、を越えて、生態系を回復・再生させていく、というよりクリエイティブな対応により、人類の未来に希望を持たせたいという強い思いを持っています。生物多様性条約で決められた2030年までの目標をどこまで達成できるかどうか、今はまだわかりませんが、少しでも多くの希望が持てる状態で次の世代にバトンを渡したいと思っています。

自由な気風の中で、自立できる人間に

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SFCはボーダレスに学べて無限の可能性があるぶん、学生生活のデザインは難しいところがあるかもしれません。何でもできる自由がある一方で、自由だからこそ自己責任です。しかし、それは社会そのものだと思います。イノベイティブな気質を持っている人たちだけでなく、そういう性格ではないと思っている人たちにも、SFCをおすすめしたいです。興味関心のある学問を極めるだけでなく、これからの時代に必要な物の見方を身につけるトレーニングにもなると思うからです。自由な気風の中で、失敗を恐れず思いっきりチャレンジして、自立できる人間に成長していってほしいと思います。