2022.8.16/Computational Creativity-人口知能と表現
徳井直生 研究会
SFCにおける活動の中心は「研究会」。教員と学生が共に考えながら先端的な研究活動を行っており、学生は実社会の問題に取り組むことによって高度な専門性を身につけます。
徳井直生 研究会の特色
徳井研究会ではAIを利用して人間自体の創造性を拡張する手法を模索しています。グループワークと個人研究があり、グループワークはメディアアート、ビジュアル表現、音楽などでトピックが分かれています。グループによって進行の仕方は様々で、論文の読み込みや過去の作品のレビューで議論を深めたりしています。個人研究では作品制作もあれば、エンジニアリングのような基礎研究を行っている学生もおり、アート・音楽のような表現の部分と工学的な素養の部分とを両立させることを大切にしています。
AIというと、省力化や最適化、人間と機械の置き換えのようなイメージがありますが、そうではなく、徳井研究会では、これまで人間だけでは行えなかった創造性の拡張をAIを用いて実現する手法を考え、実践しています。この実践に際して、学生には、新しい気づきを得るために、常に「視点」を大切にするように伝えています。技術でもアートでも、どのような問題意識と「視点」を持ちながら研究に取り組むのか、倫理や哲学にも踏み込んで考えたうえで、技術開発や研究に取り組む姿勢が必要です。そこで私はアートに取り組む学生と技術に取り組む学生が垣根を超えて、分け隔てなくディスカッションできる環境、双方が補い合えるような仕組みを整えています。
基本的には学生主体の研究会で、大枠のトピックがある中で、先行の学生から研究を引き継ぎつつ、様々なテーマに取り組んでいます。研究の進捗の中で、学生の「視点」が適切かどうか、また他の「視点」の可能性など、私の「視点」からフィードバックをしています。
この徳井研究会のプログラムは学部生も大学院生も基本同じですが、大学院生はより個人の研究活動に重心を置くこともあり、院生のみで行う活動もあります。
ユニークな研究や学生の例
全ての研究が印象に残っていますが、DJやクラブカルチャーなどを扱っている研究は徳井研究会独自という点で特に印象的です。その中でもSpotifyやYouTubeなどの音楽をドラム、メロディー、ボーカルのパートに分けて、ループを自動的に作成し、簡単にリミックスできるプログラムを作成している学生がいました。彼らはそのプログラムを利用して、お客さんのリクエストで好きな曲をリミックスしてダンスミュージックとして返す、DJのパフォーマンスを研究として行っています。私が学生だった時にもしもこのような技術があれば、ぜひ採用してみたかったと感じています。
また、卒業プロジェクトではUNLABELEDプロジェクトがありました。UNLABELEDというのは、「AI によるラベリングから逃れるためのカモフラージュ」の研究で、AI監視カメラにラベリングされない、人として認識されない、特殊な柄のコートを開発しました。人工知能を扱う研究では多くの場合、いかに監視カメラの精度をあげるか、に目が行きがちです。しかしこの研究は、人工知能により逐一監視されることの倫理的問題やプライバシーの観点から生まれたものです。このようなプロジェクトも多角的な「視点」から生まれています。
研究分野におけるホットなニュース・話題との関連性
現在気になっていることはウクライナ情勢において、AIのネガティブな面が表面化していることです。ゼレンスキー大統領のディープフェイクの動画が出回るなど、戦争でもこのような技術が使われ始めている点に、人工知能のネガティブな面が見えていると感じます。
他にも、ウクライナ軍が人工知能の顔認識システムを使い、亡くなったロシア軍兵士の顔をスキャンして身元を特定し、兵士の親族に連絡しているという取り組みについて、人の顔をスキャンして身元がすぐに分かるようなデータ監視社会が現実化していることを実感しています。
私の研究会ではアートや音楽でかっこいいものや見たことのないような作品などを作る、というベクトルも存在している一方で、このようなAI技術の社会での扱われ方に切り込んだ作品や研究にも取り組んでいきたいと考えています。
進路
徳井研究会は発足してから4年目になりますが、就職よりも大学院に進学する学生が多い傾向です。大学院に進学する学生の中にはアーティストとして活動しながら学ぶ学生や、さらに表現の幅を広げるため芸術系の大学院に進学する学生もいます。
就職する学生も増えてきており、メーカー系の企業に就職したり、広告系などのクリエイティブ職に就いた学生がいます。WebやVR、ARなどの領域で仕事を始める学生もいます。
徳井直生 研究会の魅力 ― 学生の目線から ―
徳井研究会に所属されている大学院政策・メディア研究科修士2年小林篤矢さんと環境情報学部4年の成瀬陽太さんに研究会の魅力について伺いました。
雰囲気や特徴
徳井研究会のメンバーは三パターンに分けられると思います。一つ目は、元からアーティストとして活動し、その表現の可能性をコンピューターの力で広げたいという人。二つ目は、機械学習や人工知能のバックボーンとなる深層学習に興味を持ち、それらを、芸術表現や人間の創造性の支援に繋げたいという人。三つ目は、人工知能と社会の関係に関心があり、社会に何かを投げかけたいという人。
学際的な領域なので、バックグラウンドが違う多様なメンバーが学年や所属を超えて研究や活動に取り組んでいます。多様なバックグラウンドの人が関わることによって、多角的な「視点」を取り込むことができます。「視点」を大事にする徳井先生の考え方を反映したカルチャーの下、機械が芸術に対してどうあるべきか、美しさや新奇性だけでなく、人の創造性の拡張やシナジーを重視しています。
徳井先生がアーティストであり、研究者であることから、アートと研究のその両輪を回している研究会で、アーティストとして人々を感動させるような作品展示やイベントも行っています。
SFC研究所のエクス・ミュージックラボの活動の一環で行っている定期的な発表で、徳井研究会ではクラブイベントを行っています。
サブゼミではみんなで映画を見たり、本を読んだり、博物館などに出かけたり、制作や研究を深めるためのインプットを共有することもあります。
和やかで楽しい活動も行われる一方で、発表会や輪読会ではクリティカルな質問や工学的な視点での質問が飛び交います。徳井研究会では個人のプロジェクトの進捗を共有し、日常的にお互いの研究に対してフィードバックやアドバイスを送りあっています。イベントなどでの高揚感のある雰囲気と、研究に深く実直に取り組む雰囲気が共存している点が、徳井研究会の大きな特徴です。
得られるスキル
プログラミングなどの技術的な能力はもちろん、展示や発表の一連の活動では、アーティストとしての基本を学ぶことができました。実際にもの作りを経験しないとわからない考え方、ものの見方を得られたことは大きな成果です。
徳井研究会では社会に自分の作品や研究をリリースすることが必須とされています。自分の作品を見たり、システムを使った人からフィードバックや感想をいただけることはとても貴重な機会であるため、入ってよかったと思える瞬間です。
また徳井先生ご自身がどの学生よりも制作や研究に熱心で、その姿を見て学生も各々手を動かしていき、日々「切磋琢磨」を実感できることは非常に幸せなことだと感じています。
メッセージ
「新しい表現・社会を創るためのAI」
より豊かで充実した社会を築くために、AIを中心とした先端技術はどのように使われるべきか。AIを用いて私たちの創造性を拡張することは可能か。これらの問いかけに答えるべく、AI技術の研究開発とそれらを用いたアート・音楽表現を軸に、私たちの研究会は日々活動しています。プログラミングやAIに関する知識は、研究会に入ってからでも十分に身につきます(私個人も本格的にプログラミングを始めたのは四年生になってからでした)。先端テクノロジーを用いたメディアアートや音楽表現に興味がある学生の皆さんは、気後れせずにぜひ挑戦してもらいたいと思います。
徳井直生 大学院政策・メディア研究科教授 教員プロフィール
「自分をひたすら磨く環境」
SFCでは自分を磨く環境が揃っています。それは授業から研究会を含むと思います。授業では研究分野の第一人者である教授やゲストスピーカーが登壇しさまざまな知見を得て、研究会では志が近しい先輩、同期、後輩が集まりともに切磋琢磨し研究に励みます。そのような環境に身をおくことで自分の強みを作ることができると思います。また学生生活を4年間ではなく休学をすることでより修行の時間を増やすなど自由に学ぶことができるのもSFCの醍醐味だと思います。(成瀬陽太さん)
取材・制作協力:桑原武夫研究会MC班