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2022.10.06

広野 彩子 特別招聘教授 「『知識編纂』って、何?」

総合政策学部 特別招聘教授 広野 彩子
日経ビジネス副編集長

担当科目:知識編纂の技法-1(春学期)
     知識編纂の技法-2(秋学期)

この20年ほど、主にビジネス誌で働いてきました。経済記者兼編集者として世界の経済学や経営学の動向をウオッチし、世の中に広く知られていない面白い経済系の理論や研究を探しては、専門家への寄稿依頼やインタビューなどの形で10年以上発信し続けてきました。「国内外、理論と実践の知のギャップを埋めたい」という思いからでしたが、結局は自分にとって面白いから続けられたのだと思います。

「質の高い最先端の知識」と出会う面白さを、可能性が無限にある学生に伝えたいと考えていたところ、縁あってSFCで講義を受け持つことになりました。

2022年前期は約120人の抽選登録がありました。Zoomと対面のハイブリッド授業で国内外のゲストも多数交えて展開、琴坂ゼミのサポートで乗り切りました。後期はゲスト講義への門戸を広げる機会を設け、授業はゼミ程度の規模にしたいと考えています。目指すのは、生きた知識の「編纂」です。

前職は大手新聞社の記者として約8年勤めましたが、当初は出版社志望でした。中学1年の頃、「将来は××社(大手出版社の名前)に就職して編集者になりたい」と友人のお母さんに話して仰天されたほどです。

理由は単純です。小学生のころは漫画家を熱望し、真っ白な落書き帳にストーリーを描くことに没頭しました。小学6年生の時、お年玉やお小遣いでプロの道具を買いそろえ、自信作を少女漫画コンクールに応募しましたが、結果は選外。ならば漫画をつくる仕事をしようと、さっさと出版社志望に転向しました。

進路を真剣に考えた最初のきっかけは友人との会話です。県立高校1年の時、陸上競技部の友人と2人、学校の屋上で将来の夢を語り合いました。「新薬の開発で世の中の役に立ちたい」と、力強い視線でまっすぐ前を見据える彼女。好奇心だけで生きている私。気づけば「ジャーナリストになりたい」と口走っていました。

また大学に入ってすぐ、貴重な一期一会がありました。大学受験のため受講した通信講座から、入学後、合格者座談会に呼ばれた時のこと。4人ほどの参加者の中に、慶應義塾大学医学部に合格した女性がいました。受験勉強を頑張った理由として「白衣を着るためには」「白衣を着るためには」と、力強く何度も言ったのです。

強い思いで「人」が動く現場に興味を持ちました。場外馬券売り場のアルバイトでレースに一喜一憂するお客さんを観察したり、アルバイトでコンピューター占いのオペレーターをして、訪れる人々を観察したり。

父が大手新聞の社会部記者で、幼少期から事件現場のエピソードや裏話、著名人の素顔などについて聞きながら育った影響もあります。「新聞社にはおまえみたいな女性記者がいるんだ」が口癖。当時、文系女子の就職は大変でしたが、新聞社なら入れそうに思えました。

とはいえ思うことと実際にやることは全く違います。就職して社会に出た後、思ったことと現実は、時に大きく違いました。しかし普通なら会えない人とたくさん会い、試行錯誤で知識を身につけるうち、いつの間にか少し前に進めました。

「思うことをやろう」。前期のゲスト講師の1人、元同僚のジャーナリスト金田信一郎さんの言葉に、多くの履修生が熱烈な感想を寄せました。初回授業で「知識(Knowledge)とは、理にかなった(Justified)真実の(True)信念(Belief)」という、いまだ論争の続く現代認識論の定義を紹介しましたが、「思うこと」は、まさにこの定義の「知識」でしょう。

知識は、現実に落とし込んでみなければ自分にとって正当で本当かは分からない。違ったら、また思うことをやればいい。ゲストや皆さんと一緒に、そんな知識との付き合い方を学んでいきたいと思っています。

広野 彩子 総合政策学部特別招聘教授 プロフィール

(写真撮影=稲垣純也)