環境情報学部 特別招聘准教授 有野洋輔
地球環境戦略研究機関(IGES)
戦略マネージメントオフィス 研究員/プロジェクトリーダー(緩和と適応の統合)
担当科目:エネルギー環境論(秋学期)
私は、今年からエネルギー環境論(秋学期)を担当させていただいています。多極化が進み混沌とする国際情勢と日本社会の将来に思いを馳せながら、また、21世紀という時代を担う学生の方々と共に学ぶ意味を考えながら、毎週教壇に上がらせていただいています。
本年11月12日に、本務先の任務として、エジプトで行われたCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)で、東南アジア諸国連合(ASEAN)気候変動戦略的行動計画2023-2030の策定に向けた指針文書案の発表を行いました。10カ国で構成されるASEANは、1967年、ベトナム戦争の最中に地域の安全保障のために創設され、多様な国々の声を束ねることで、「対話」といういわばソフトパワーにより大国が織りなす国際情勢に安定をもたらす重要な役割を果たしています。そのASEANが今、2050年以降可能な限り早期の炭素中立達成に向けた変革を成し遂げるべく立ち上がりました。日本に比べると、まだ経済的に恵まれない状況にあるにも関わらず、です。国と国とが対立の度を深める今という時代だからこそ、隣国(周辺国)である東南アジアの方々と手と手を取り合って未来を共に創る必要性を切に感じています。
炭素中立化の「波」は、かつてペリー擁する黒船が浦賀に来航し、その後日本の開国への重い扉を開いたように、(一見すると突如として)日本はじめ世界中の国々にまで届き、政策転換を迫りました。気候モデル研究では、世界的に1960年代から二酸化炭素による気候変化や地球温暖化を想定し数値実験をしてきましたが、産業界や一般市民に対して説得力をもつ「大波」になるには、長い時間を要しました。今や、炭素中立の実現は世界、国家、地方自治体の標語のようになりつつありますが、胸に手を当てて考えてみると、これには「自分は地球上での有限な人生をどのように生き、何を次世代に託すか」という問いが含まれていることにも気づかされます。人それぞれに異なる価値観があり、願いもビジョンも様々です。エネルギーを巡る国家の地政学的な対立や紛争・戦争にも相応のロジックや戦略があり、世界の動きは往々にして一個人の予想を超えた「想定外」をつきつけます。しかし、21世紀という時代は、東西南北を問わず、すべての国や個人が温暖化する地球の気候安定化を共通の目標とすることを託された時代に変容しつつあります。
SFCは、2022年11月20日にオープンリサーチフォーラム(SFCで取り組むカーボンニュートラル)での学生・参加者との対話を経て、22日に2030年までに自然エネルギー100%を達成する自然エネルギー大学リーグに加盟しました(プレスリリース)。四季折々の豊かな自然を要するキャンパスを炭素中立仕様に刷新するには、学生や教職員だけでなく、(直接間接を含めて)企業、自治体、国家、国際機関の関与、さらには先端技術を導入するための新しい仕組みや資金の流れが必要となります。生物多様性保全や資源循環の変革も様々な相乗効果を生んでいくでしょう。
これからの気候は、毎年、これまでの常識が通じない予想を超える変動を伴っていきますし、社会も変動していきます。そのような逆境下、地球環境制約をむしろアイディア発芽のチャンスと捉え、常識を打ち破り、隣国を敵対視するのではない自由な精神で未来を拓き、社会の不安定要素を調律することのできる次代の担い手の活躍を願います。かつて、慶應義塾の教職課程で、「教育は国家百年の計」と教わりました。今、教室で学問することは、22世紀の地球社会に直接影響を及ぼす営みであることを思いつつ、教壇に立たせていただいています。若者を励まし、出る杭をどこまでも伸ばすSFCの研究・教育の発展の一助となることを願っております。