政策・メディア研究科特別招聘教授 木村健一
公立はこだて未来大学名誉教授
担当科目:アカデミックプロジェクト 経験の学(春・秋学期)
メンターの一人として、アカデミックプロジェクト 経験の学(春・秋学期)に参加しています。この経験の学は、デザインにおける「モノの研究」だけではなく、生活文脈における生身の経験つまり「コトの研究」と、その方法論が未成熟なのでは、という問いから発しています。
芸術表現、グラフィックデザイン、UI/UXデザイン、建築計画等のデザイン研究において、様々なモノをデザインして市場に提供することが盛んに行われています。しかし、それらがユーザにどのような「経験」をもたらし、生活もしくは生活意識をどう変えるのかについての研究はそもそも非常に乏しい現状があります。
SFCのような、新しい社会システムに代表される様々な人工物を設計し実装しようとする、優れたひとを数多く輩出している学びの場において、こうした研究について一緒に考えられる機会を得ている事に大きな喜びを感じています。
私は、学生時代には東京藝術大学で彫刻を作っていたのですが、首都圏の映画、音楽、演劇、美術の情報を網羅的に紹介していた「ぴあ」という情報誌で、表現者達の成果や活動の様相を伝える記事を書く仕事につきました。取材し、原稿用紙にむかって鉛筆で書くという幸福な生活は、瞬く間にDTPの普及で、文字がビットと化して、新しい価値(データベースやチケット発券システム)を 生み出す仕事に変わっていきました。メディアを通じて社会に「広報する」という過程を具体的に体験しました。また、この頃、全国の自治体・民間が美術館や劇場等の文化施設を次々新設し、表現に関わるひとを養成する学校も数多く設立されていきました。このタイミングで、教育活動に携わるようになり国立高専に「情報デザイン学科」という新設学科を作る仕事をしたりしました。
このあたりから、ネットワーカー達とボランティアベースの様々なプロジェクトを経験します。特に気に入っているものが、三つあります。一つは100校プロジェクトに参加した福島県葛尾中学校との出会い、もう一つは伊東豊雄設計の「せんだいメディアテーク」プロジェクトへの参画、そして函館におけるデザインプロジェクトとの出会いです。葛尾村ではネットワーカー達と中学校の先生達といっしょにインターネット環境を用いた「学びの場」のデザインを手伝いました。このつながりを端緒に電子百葉箱の開発を行いました。
せんだいメディアテークでは黎明期のSNSをテーマにした市民参加型催事を開催して、数多くのメディアボランティア達と遊ぶことができました。こうした取り組みは、函館市中心市街地活性化地域における「まちづくりワークショップ」の開催や「函館路面電車百周年事業」、「五稜郭築造150年祭」、「函館リトファスゾイレ」、「函館山ロープウェイ」、「はこだてアリーナ」などのデザインプロジェクトにおけるアートディレクションへと展開できました。まずは生活の現場に行って溶け込んでみること。そこにある「経験」というコトと、モノとをつなげることで、新しい価値と経験を生み出す。結果的には、コミュニティデザインに取り組んでしまったと感じるようになりました。いずれにしても、実社会を対象としたプロジェクトを通して実践的なデザイン研究を行っています。
経験の学においても野口三千三著「からだに貞く」をベースとして、インタラクティブメディアや情報ツールを駆使して経験を増幅する手法、経験を一人称視点で語ることで経験自体を進化させる方法論、「物語としての経験」の顕在化と評価する方法論、「物語としての経験」を伝承する方法論について探求したいと思っています。