来年に開催されるミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪出場をかけた女子アイスホッケーの最終予選があり,久しぶりに苫小牧を訪れた.2018年平昌冬季五輪の最終予選で苫小牧を訪れたのは2017年.8年ぶりの苫小牧である.閉鎖された駅前のサンプラザビル(旧ダイエー)は相変わらず廃屋のまま鎮座してるし,港側を見渡せば,石川さゆりさんの演歌の世界を想起させる風景が広がるが,その物悲しさとは裏腹に,アイスホッケーの聖地に来たぞという高揚感が湧いてくる.北海道といえばコンビニはセイコーマート(道内主体に展開するコンビニ)がお約束,セコマでこれまた北海道の特産品?やきそば弁当を買いこんで,会場となる白鳥アリーナを訪れた.
今回の私の役割は国際連盟のメンバーと連携して大会の安全管理やドーピング検査に携わるという運営側の仕事だったが,その詳細はさておき,この最終予選で女子アイスホッケー(通称スマイルジャパン)は,フランス,ポーランド,中国に圧勝し,見事五輪出場権を獲得した.過去の五輪3大会でチームを支えた世代がごっそりと抜け,若手中心となったチームがどのような戦いをするか,期待と不安が入り混じっての観戦だったが,しっかりとチームは仕上がっていた.個人的には中国との試合が鬼門と考えていたが,中国チームは2022年冬季北京五輪に選手登録された中国系欧米選手が出場しておらず(政治的な理由でビザが発行されなかったと聞く),日本チームにとっては中国の国内事情も追い風になったようだ.これまでの五輪の成績は長野(6位),ソチ(7位),平昌(6位),北京(6位)と順位だけをみればあまり変わらない.しかし,この間,出場国数は6(長野)→10(北京)と増えており,相対的位置付けは確実に上がっている(慶應義塾の大学世界ランキングと同じである).ちなみに予選を勝ち抜いて(長野五輪は開催国枠での出場)意気揚々と出場したソチ五輪では5戦全敗.エースの久保英恵をはじめ多くの選手が「オリンピックでは何もできなかった...」と涙を流していたのが印象的だった.この経験を機にチームは大きく成長し,2022年北京五輪では初めて決勝リーグに進んでの6位となる.女子ホッケー界はカナダ,アメリカの実力が突出しているので,銅メダルが次なる現実的目標だが,フィンランドやスイスなどの強豪国との争いになるので目標達成は容易ではない.つい先日,サッカーJリーグ野々村チェアマンは,「世界で成績を残すためには選手が世界標準のタフさを身につけることが必要」とコメントされていた.女子アイスホッケーも然り.女子では男子のようなボディチェッキングは禁止されているものの,世界選手権レベルではゲームの流れの中で生じた偶発的なコンタクトなら反則はコールされない.世界標準の質の高い激しさが観客を魅了することを審判も良く理解しているのだ.よって,五輪で好成績を残すには,国内リーグでは経験し難い "世界標準のタフさ"が鍵となるが,そのためには海外遠征が欠かせない.2020東京五輪バブルが終わって連盟に回る強化費は削減され,環境は厳しくなっている.ミラノの地で彼女たちの"スマイル"が輝くは,応援いただける企業や篤志家の皆様の支援次第という少し残念な状況だが,本番まであと1年,私もスポーツドクターの立場でチームの成長をしっかりとサポートして行きたい.
ところで,先月,アメリカのトランプ大統領からかなり気になる発言があった.トランスジェンダーの女子選手(男性から女性に性別変更した選手)が女子競技に参加することを禁止したのである.2028年のロサンゼルス夏季五輪も想定してのコメントと思われるが,この方,各所で過激発言が多いのであまり注目されなかったもののオリンピック出場を巡ってはかなり大きな現状変更となる可能性がある.IOC(国際オリンピック委員会)は2021年11月の理事会で、「公平で、包摂的、そして性自認や性の多様性に基づく差別のないIOC の枠組み(Framework on Fairness, Inclusion and Non-discrimination on the basis of gender identity and sex variations)」を採択しており,これに先行して先の東京五輪では男性から女性に性別変更したローレル・ハバード選手が,五輪史上初のトランスジェンダー選手として女子重量挙げに出場した."多様性の容認"という点では画期的出来事であるが,一方,公平性の論点では様々な意見が出ている.例えば,思春期を男性として過ごした者が,その後,ホルモン治療等により女性に性別変更したとしても,骨格筋の特性は"男性時代"の影響が残存するという研究成績もあり,競技によっては公平性だけでなく安全性が保たれないのではないか,という疑義である.多様性を認めつつ,公平性ならびに安全性を配慮しての着地は極めて難しい問題であり,トランプ氏がどこまで考えての発言かはさておき,IOCとしては痛いところを突かれた感は否めない.性別と競技参加の問題は,染色体の性と社会的性が異なることが多い"性分化異常症(性分化疾患)"(DSD:Disorder of Sex Development)も含めた議論が必要であり,今後,オリンピックのみならず,様々なレベルでの競技会で物議を醸すことになるだろう.紙面の関係で今回は詳述を避けるが,また,機会があればup-dateした情報をお伝えするつもりである.
写真1:最終予選では若手選手の活躍もあり,見事,五輪切符を獲得した
写真2:学生時代を含めてずっとお世話になっているやきそば弁当.産地直送のせいか,東京で食べる他社製品とはひと味違う.