参加型センシングを使ったスマートシティの研究
現在、中澤仁研究室に所属し、スマートシティという都市に住む人々の生活を、情報技術を利用することで、効率よく豊かにするための研究を行っています。
特に、私が取り組んでいるのは"参加型センシング"という技術で、そこに住んだり働いたりする人の情報を収集し、還元するための取り組みです。"参加型センシング"を活用して、様々なアプリケーションの開発や実証実験を行い、それが人々の生活や行動にどのような影響をもたらすのかについて研究しています。
"参加型センシング"というのは、人々が持つ携帯端末や、車・公共物に取り付けられたセンサーから情報を取得するセンシング手法です。端末を持った"人"に、その場所に関する情報を入力してもらうことで、既存の大気汚染センサーや加速度センサーのような物理的センサーから得られるような情報だけでなく、人じゃないとわからないような定性的な情報が得られるといわれています。
こうした技術を用いて、都市に住む人々の生活をよくするには様々な方法があります。私はその中でも、都市の状況を把握するために、その街の中で今何が起こっているのか、そこに住む人々が何を感じていて、どんなことをして欲しいと思っているかという情報を取得するためのアプリケーションの研究に焦点を当てています。
「ロケモン」----キャラクターになりきることで参加の動機付けとプライバシに関する課題を同時解決
これまで、主に2つのアプリケーションを開発し、実証実験を行なっています。
1つ目は、誰もが楽しく使える参加型センシングのアプリケーションで『ロケモン』というスマートフォンアプリです。『ロケモン』というのはロケーションモンスターの略で、人が集まる様々な場所ごとに仮想のモンスターを住まわせ、その場所に関する様々な情報を、そこを訪れた人に発信してもらうというものです。駅やバス停、商業施設、飲食店など様々なスポットにモンスターが配置されており、現在日本全国で200体以上になっています。
特徴的なのは、その場を訪れたユーザーに、その場所に置かれたモンスターになりきって情報を発信してもらうという点です。従来の情報収集のシステムでは、発信にあたってユーザー名を利用してもらう方法が多く採用されていました。ただ、この場合誰がどこにいるかわかってしまうことで、プライバシーの問題が懸念されます。また、こうした参加型センシングの課題として、より多くのユーザから投稿を集めるために参加の動機付けをする必要があります。
『ロケモン』の場合、その場所に住んでいるモンスターになりきってもらうという、ちょっと非日常的でエンタテインメント性のある発信手法を提案しています。これによって、プライバシーが守られ、また投稿に関するモチベーションの問題が同時解決できるのではないかと考えました。
こちらは、すでにiPhoneやAndroidのアプリストアなどでアプリケーションとして公開しているため、どなたでも使っていただける状態にあります。また、2017年には藤沢市と共同で、イベントでの大規模利用に関する実証実験をやらせていただきました。
1回目の実証実験では、「藤沢市民祭り」という市民向けの大規模なお祭りの中で、会場内の様々な場所にモンスターを配置し、来場者にそれらを集めてもらうという擬似的なスタンプラリーのようなことをやりました。こちらは子どもから大人まで多くの方に参加いただき、楽しんでいただく姿が見られました。
2回目は「ちょい呑みフェスティバル」という飲み歩きイベントで実験を行ないました。こちらは、大人の方を対象とした夜のイベントということもあり、『ロケモン』を活用してお勧めのお店情報や混雑情報を、テキストと写真を交えて交換していただきました。
子どもから大人まで、男女問わず、同じプラットフォームを使って楽しんでいただけたのがよかったです。当初"モンスターになりきる"という、他にはあまりない方法を皆さんが受け入れていただけるのかを心配していました。いざやってみると、年代や性別を問わず、みんなモンスターになりきって、楽しく発信してくれているのがわかりました。 現在、200体以上いるモンスターはスポットごとに全てデザインが違っています。見た目がかわいいものやおもしろいものなど、色々なモンスターがいるのですが、"その場所でなければ発信できないモンスター"というところに、メリットを感じてもらえたのではないかと思います。また、女の子のモンスターのスポットでは、男性ユーザーも女性口調で発信する方が多く、モンスターの見た目にあわせて、ユーザーの発言内容が変わるというのも興味深い点でした。
SFCの学内にも約10体のモンスターが潜んでおり、学生・教職員のみなさんの間での情報交換に使われています。
例えばバス停に置かれたモンスターでは、10分単位で変わるバスの混雑情報や天気情報の交換が行なわれており、各教室におかれたモンスターでは、講義の情報や教室周辺の様子などが取得されています。また、学内の食堂や生協では混雑状況に加えて、お勧め商品などの情報を交換する様子が見られました。
そのほか、鴨池とよばれる学内の人気スポットがあるのですが、そこにも鴨のモンスターを配置しています。特に鴨池では、「さみしい」や「肌寒い」といった、そこにいる人の感情や感じ方などが取得されており、これは従来の発信方法ではほとんど集まらなかった種類の情報です。モンスターになりきることで、自分ではない主体として、気軽に情報が発信でき、感情がのせやすかったのではないかと思います。
従来の発信方式は、不特定多数の人が不特定多数の見知らぬ誰かに質問するという形式でした。『ロケモン』に関しては、質問する先はその場にいるモンスターです。このモンスターの顔が見えているという点で、安心できる部分があるのではないかと思います。また、やり取りや言葉遣いが非常にカジュアルなものになっており、全体的にコミュニケーションが活性化されていました。
『ロケモン』の研究は、2015年から構想をはじめ、2015年度センサアプリケーションアイディアコンテストでドリーム賞を受賞、またアメリカで開催された「MobiCom(モビコム)」というコンピューターサイエンスのトップカンファレンスがあるのですが、その中のモバイルアプリケーションコンテストで優勝しました。
そのコンテストでは、研究の新規性に加え、ビジネスでどのように利用できるかという点が重要視されていたのですが、審査員の方には「そのための要素がすべてつまっており、おもしろく、新規性のある研究」という言葉をいただきました。
「みなレポ」----アプリを使って実証実験を繰り返すことで、街が変わっていく
もう1つは地方自治体の職員の方が利用できる"参加型センシング"のアプリケーションで、『みなレポ』というものです。現在、藤沢市をはじめとした様々な地方自治体の方々と一緒に研究を進めており、今後ヨーロッパの自治体での運用も予定しています。
『みなレポ』というのは"みんなのレポート"の略で、自治体の職員の方が業務中に収集した様々な情報を入力することで、他の職員と共有でき、対応が必要な業務のやりとりを円滑に進められるというものです。
藤沢市では、ゴミ収集を担当する部署を中心に利用していただいています。ゴミの収集時、職員の方はペアになって街をくまなく巡回することになるのですが、その中でゴミの不法投棄や出し間違いといった、その後の対応が必要になる情報を得ることになります。従来はその情報を、他の職員や収集を担当する企業との間で、電話やFAXを利用して伝達しており、効率が悪い部分がありました。ここに、『みなレポ』というシステムを使うことで、全て一つのアプリケーション上で情報共有、対応状況の共有ができるので非常に効率化された部分があります。
また、ゴミに関する情報だけでなく、街の巡回中に落書きや動物の死がいといったほかの情報も収集することができます。こうして情報のカテゴリにとらわれず、様々な街の情報を把握できるという利点もあります。
始めはアプリケーションの使い方に多少戸惑われた方もいたのですが、実際使っていただくと、従来と比較して、明らかに効率がよく、楽になった。そのことで、空き時間に別の業務ができるようになったと、よろこんでいただきました。また、落書きのように、これまで取りこぼしていた情報の収集が簡単になり、きちんと職員間の情報連携ができるようになったことで、仕事に対する意識が改善されたという声もありました。
今はまだ、藤沢市の中でも利用されている部署は限られているのですが、今後利用範囲が広がると、実際に市民としても色々なメリットを実感することができるかもしれません。また、この仕組みで収集された情報、例えば落書きのパターン、多い地域の情報などを分析し、可視化して職員の方に伝えることで、よりきれいな街の実現につながると思っています。
SFCだからこそできる、藤沢市との共同研究
行政と一緒に研究を進める一番のメリットは、自分ひとりではできない規模の実験ができるということです。一度に大規模の人を対象にした実験ができたり、長期間にわたっての実験ができたりするのは非常に大きなことだと思います。
よく、日本の自治体は新しいシステムを導入するときに時間がかかったり、前向きに受け入れられてくれる人が少なかったりということ言われているのですが、現在一緒に実験をやらせていただいている藤沢市は、こうした新しい技術の導入に非常に好意的で、前向きに受け入れてくださるんです。
こうした先進的な自治体と大学との距離が近いことで、こちらがやりたいと思ったことを早いタイミングで相談に伺うことができるという利点もあります。まだシステムの完成段階ではなくても、まず実験として導入してくれるというのもあります。逆に藤沢市の中で困っていることを一緒に連携して解決しようという、非常にいい関係ができていると思います。
こういう形で、行政と一緒になって先進的な取り組みを行うことができるのも、SFCの魅力の一つなんじゃないかと思います。
夢はコンピューター技術を使って生活を豊かにする研究者
父の影響で、子どもの頃から情報技術に触れ合う機会が多かったため、小学生ぐらいの頃から"コンピューターや技術を使うと人の生活が楽しく、便利になる"ということを強く感じていました。自分もそういう研究をしたいという想いがあり、大学でSFCの環境情報学部に進学しました。
学部時代から取り組んでいた研究内容をもっと深めたいと思っていたので、大学院への進学にあまり迷いはありませんでした。
研究室の魅力の1つは、みなさん非常にやさしく、面倒見がいい人が多いことです。必ず先輩が後輩について面倒を見る文化がありますね。
SFCの土地柄もありますが、研究室のみんなと一緒に過ごす時間が多いので、仲がいい友達、家族のような仲間ができます。そして、一緒に切磋琢磨しながら研究ができます。現役の学生だけでなく、OB・OGの方とお話していても、人間的に魅力のある方が多いです。真摯に研究に取り組む姿勢と目一杯遊ぶユーモア精神を持ち合わせた方が集まる研究室だと感じます。
SFCのキャンパスで好きなところは、1つは自由に研究を行える環境が整っているということでしょうか。自分次第で異分野の研究室とコラボレーションしたり、自分の学びたい学問を追及することができます。また、教職員と学生、学生と学生の距離がとても近く、リラックスした状態で楽しく研究が進められる空気があると思います。
都心から少し距離は離れますが、自然に囲まれているので、ちょっと研究に疲れたときなど、息抜き・リフレッシュできる環境だと感じています。
これまでの研究では、いかに効率よく、多くの情報を人から集められるかという"都市の情報収集"の部分を中心に取り組んできました。このキャンパスをはじめとして、色々な場所で実験を行なう中で、情報の"量"だけでなく、新しいシステムによって人の"行動"や"意識"が変わることが見えてきました。『みなレポ』では職員の方の業務への意識が、『ロケモン』ではモンスターになりきることで人の振る舞い方が変化したのが、すごく面白い部分でした。
今後の目標の1つは、こうした人の"行動"や"意識"の変化にもフォーカスをあてて研究を進めることです。そこにいる人々の情報を集めるだけでなく、どう動かすかという部分ですね。また集めた情報を、どのようにしてサービスとして還元して行けるかという点にも取り組みたいと考えています。情報収集と還元両方含めて研究して行きたいですね。
もう1つの目標は、日本だけではなく海外の研究室や企業の方と交流し、よりグローバルな研究活動を行なうことです。海外で研究を行うことで、日本だけではできない実験を行なったり、多様な経験をつんだりできればと考えています。
SFCには、大学院生向けのGESL(Global Environmental System Leaders)という国際産・学・NPO連携研究指導を目的とするプログラムを始めとする海外での研究活動の機会や、留学費用を支援するための奨学金などもあるので、SFCから海外へという道もかなり多くあると思います。
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